映画「情熱のピアニズム」~音楽の根源性と人生の深奥

  • 今も尚、天馬空を行くかのようなピアノの音色が頭の中を巡っている。
    ミシェル・ペトルチアーニはイタリア系フランス人の家庭に、生まれつき骨形成不全症という深刻な障害を持って生まれた。8歳で初舞台、13歳でプロデビューし、18歳でアメリカに舞台に移す。身長は成人しても1メートル余で、骨はもろく、折れやすい。すさまじい境遇にありながら、稀代のジャズピアニストとして圧倒的な評価を確立し、わずか36歳で世を去ったペトルチアーニの苦難と栄光に満ちた生涯を、名作「イル・ポスティーノ」のマイケル・ラドフォードが秀逸なドキュメンタリーに仕立てた。
    残された当時の映像記録と彼ペトルチアーニと共演した多くのジャズメン、評論家、プロデューサー、プロモーターそして彼と生活をともにした女性たちの証言、思い出話を交えながら、ペトルチアーニが抱えていた光と闇を鮮やかに浮かび上がらせ、この稀代のピアニストの天才と狂気がまさに裏表の関係にあったことを証明している。
    様々なミュージシャンとの歴史的共演の映像がでてくるが、私はとくにウェイン・ショーターとギターのジム・ホールとの共演シーンが懐かしい。(蛇足ながら、1961年にアート・ブレイキーとジャズメッセンジャーズが初来日の際、大手町の産経ホールでウェイン・ショーターを聞いている。ちなみに当時のメンバーはピアノがボビー・ティモンズ、トランペットがリー・モーガンという豪華メンバーであった。)
    当時のミシェル・ペトルチアーニの演奏を見て、改めて彼の強靭なピアノタッチに驚く。もろい骨で演奏中もしばしば様々な部位を骨折しながらも、ピアノが揺らぐのではないかと思えるほどの強い打鍵でピアノを鳴らし切る。それでいながら音色はにごらず、澄み切りしかもつやがある。暖かで、骨太ともいえよう。彼の奏でる音楽はジャズでありながら、ジャズの概念を越えており、メロディラインは流麗でポジティブで、何となく彼のイタリアの血を想起させるのだ。1メートルの体に比して異常に大きく、分厚い両手が強靭なタッチを可能にしているのかもしれないが、それは常に骨折という危険と背中合わせであり、何時、己の命が尽きるかという切羽詰った人生行路を思い定めた上での演奏だったのだろう。そんな運命でも彼のピアノは暗くならないで、苦悩を突き抜けた明るさがある。
    一方、彼の女性遍歴は奔放でこの面でも天才の資格十分だろう。残された彼女たちが彼の異常さを語りながらも、今尚彼を思う心持にペトルチアーニの豊かな人間的魅力を感じ取れる。
    日本のジャズファンの中には、ピアニストとしてビル・エヴァンスやチック・コリアと並んでミシェル・ペトルチアーニを好む人もいるだろう。1997年には日本のブルーノートに出演している。
    ジャズピアノを通して、音楽の根源性と人間の不可思議そして人生の深奥を覗かせるドキュメンタリー映画だ。