偉大なカメラ小僧〜映画「ビル・カニンガム&ニューヨーク」

  • カーネギーホールの上に住み、自転車でニューヨークのストリートファッションをとり続けるビル・カニンガム。ニューヨークタイムズの長期連載フォトコラムで世界的な影響力を持つ80歳すぎの「カメラ小僧」ぶりをドキュメントした傑作といえよう。
     安物の青い作業着を身に着け、ニコンを手に自転車でニューヨークの町を飛び回る。その身のこなしの俊敏さとかっこよさに見とれてしまうのだが、ビル・カニンガムは己の美意識に忠実にニューヨーカーのファッションを瞬時にカメラで切り取るのに無我夢中に没頭するのみ。
     このドキュメンタリーフィルムの最大の魅力と成果はまるでカメラ小僧のような躍動と撮る喜びそしてニューヨークの生々しい息吹を記録したことだろう。街とニューヨーカーの生きてるリズム感が弾ける。様々な市井の人々から、周囲のアーチストたち、社交界のセレブまで対象にしながら、透徹した視線で選ばれた素材は独特のカニンガムの世界となり、巨大な影響を持つ。
    しかしながらビルはそうした世俗的な評価や金銭的欲には無縁・無関心で、住まいや食事などにもこだわりを持たない質素を絵に描いたような男だ。
     この映画のもう一つの魅力はこうしたビルの無私無償にも見える行為が金まみれで欲望渦巻く街と一般的に想われているニューヨークで貫かれていることに驚くとともに、涼しい風が全編を流れるのを実感できることだ。
     職人芸の潔癖さ、アナログぶりはデジタル時代にフィルムで撮ることやデジタル紙面編集における編集担当者とのやり取りに発揮される。一見、おおらかで、親和的な雰囲気が横溢しているが、彼の私生活は誰も知らないという。謎めいた彼の内面にはどんな細部も見逃さない研ぎ澄まされた感性が宿っており、休息することがないようだ。
     この映画をより傑作にしたのが、終盤近くのインタビューだ。答えなくなければ、答えないで下さいと、遠慮がちに、生涯独身のこと、恋愛経験の有無、家族のこと、そして信仰についてを尋ねるシーンは迫真に迫るものがある。信仰のくだりで突然嗚咽し、続く無言のシーンはビル・カニンガムの表面的には明るく、のびやかな表情の裏には経てきた人生の襞(ひだ)の深さが忍ばれ、感動的だ。
    完成までに10年、うち8年は映画を撮らせてもらう交渉に費やした、というリチャード・プレスの監督デビュー作は映像の持つ力を再認識させてくれた。