『農山村は消滅しない』(小田切徳美著)〜血の通った提言

  • 遠からず、日本列島から、かなりの市町村が消滅するという、いわゆる「増田レポート」が出されてから、その衝撃波は列島各地に及んでいるらしい。『中央公論』などで「消滅可能都市896」と題された特集では896の市町村名が明示され、その中から523市町村がリストアップされ「消滅する市町村」とされた。あからさまなまでの消滅論を聞く当の市町村に住む人々はいかなる思いに駆られるだろうか。
    この著は、そうした乱暴な消滅論に対する反論として書かれた注目すべき論考である。その反論は、声高なものではなく、列島各地を繰り返し訪ねるなかで、聞き取りを重ねながら、そこに暮らす住民の日常から発せられる言葉の重みを受け止め続けてきた重量感溢れるレポートで極めて実証的で説得力に富んだものになっている。
    農山村の「歩き屋」を自称する筆者が、足で集めた列島各地の様々な統計数字やそこから導きだされた仮説や提言は具体的で、詳細で示唆に富んでいる。
    特にいわゆる過疎地域がいち早く顕在化した島根などの中国地方の取り組みの例は、それぞれが興味深く、心打たれる事例が多い。行政から降りてきた方法ではなく、農山村の地域住民が内発的に、自分たちの頭で生み出した手段、方法こそが有効性を担保されるという仕組みづくりが地域再生の鍵のようだ。
    仕事が無いという地域の現状でも、小さな芽からなんとか収入を得ながら、それらを集合的に仕事化していく例などが語られる。そしてこれらの地域住民の行動の源泉は、ふるさとである農山村を残したい、子孫に伝えたいという人間本来の純粋な願いからでてくるものという。
    この著の最後の方で
    「高齢化をこれ以上進ませないために必要な人口流入の規模を算出すると極端に大きな数ではないことが分かる・・・・・全国の山間地域の平均的年齢構成を持つ1000人のモデル地区を仮想し、その後の人口変化を見たものである。これによれば、現状のままの人口構成で単純に延長をすれば、高齢化率はそのまま高まり、人口も激減する。それは、まさに増田レポートが予測する通りである。しかし、毎年4組の家族(30才代前半の子連れ夫婦・4才以下の子ども一人)が2組,(20歳代前半のカップルが2組)、合計10人の地域外からの流入が生じると仮定すれば、事態はまったく異なる。その場合、高齢化率は10年後にピークとなり、それ以降はむしろ低下する。・・多くの地域にとっては、この毎年4組の参入という目標は、決して現実離れしたものではないであろう。・・・何組というリアルな絶対数を目標とすることにより、地域における展望が見えてくるのである。」
    と増田レポートのような人口動態を「率」に注目した推計ではなく、「何組というリアルな絶対数」で提示する方がより分かりやすく、血の通った提言になっている。
    国や行政側の官僚たちの頭から生み出される諸々の政策がいかに現状から浮いたものであるかが、逆に立証されている。本題の「農山村は消滅しない」というタイトルは一学者、小田切徳美だけでなく列島各地域で日夜奮闘している列島の自然を愛し、田園回帰を目指す人々が増田レポートに対して思わず発した心からの叫びであろう。全政治家・市町村の職員必読の書。(岩波新書)