中国の圧倒的な現実:「3億人の中国農民工 食いつめもののブルース」山田泰司著

  • 中国をテーマにしたルポルタージュはおびただしい数が刊行されているが、多くは先入観やバイアスのかかった偏見が垣間見られ、あまり読む気が起こらなかったが、この「3億人の中国農民工 食いつめもののブルース」には今までにない、新鮮な切り口・視点を予感させるものがあり、一気に読み通す結果となった。
    2008年の北京五輪や2010年の上海万博をテコに国作りを進めていた中国で、国家の描いたグランドデザインを、肉体を酷使して上海や中国の街に体現してきた功労者はほとんどが中国内陸の農村部で生まれた「民工」「農民工」と呼ばれる中国人である。彼らの存在無くして上海の近未来的な摩天楼の数々は存在しなかったろうし、家政婦として炊事洗濯や、子供の送迎、年老いた親の看護など家事全般を引き受けなければ、上海人たちの生活は維持できないものだった。立ち遅れた農村に育ち、十分な教育を受ける機会に恵まれなかった農村出身者は北京・上海などの大都市周辺に住む人々と圧倒的な格差に晒されている。
    著者は1980年台後半から中国山西大学・北京大学留学後、香港での記者を経て2001年上海に拠点を移し雑誌編集者などを経てフリーになり、以後、日経ビジネスオンラインに「中国生活『モノ』がたり連載しているライター。
    この経歴からも明らかなように長年の中国での生活感覚に裏付けられた取材の蓄積が何よりの説得力となっている。上海の街角の一角や馴染みの食堂で知り合い、お互いに食事に招き合うほど親しくなり、彼らの故郷の安徽省にも何度となく足を運び、10年にも及ぶ交流を経て、彼らの生活と考えを探り出した内容は胸に迫る彼らの過酷な人生を偲ばせる歴史そのもので、現代中国が抱える途方も無い闇と無尽蔵のエネルギーがどのような実態を持つものなのかを突きつけてくる。
    本著には約10人の農民工のそれぞれの苦難、謎に満ちた寛容さや並外れたたくましさに寄り添いながら、建前ではない本音を聞き出した中国版聞き書きでもある。それは年月とともに育まれた仲間意識に支えられ、血の通った交流記録でもある。著者の文体にもインテリ臭さがなく、視線の低さが好ましい。日本人が同じ境遇に陥入れば、耐えられる自信のないほどの困難に遭遇する農民工の一人一人の姿が愛おしくなってくるような読後感が残る。
    日本の特派員(新聞・テレビ等)の伝える中国報道では見えてこない中国の底辺に生きる農村出身者の実像に肉薄すると同時に、中国という国がこれからどうなるのかを暗示する示唆に満ちた好著である。
    中国国家統計局が2017年に公表した統計によると、農民工の数は2016年、2億8千万余。中国の人口の5人にひとりが農民工である。また学歴は4人に3人は中卒以下。年齢層は16−20歳:3・3%、21−30歳:28・6%、31−40歳:22・0%、41−50歳:27・0%、51歳以上:19・2%という構成。平均月収は3275元(5万3千円)。
    (日経BP社)