「中世ヨーロッパ 放浪芸人の文化史〜しいたげられし楽師たち」マルギット・バッハフィシャー著

読もう、読もうと思いつつ、いつしか本棚の奥の方に追いやられ、埋もれている幾多の本の中から偶然手に取られる幸運の本がある。この魅力的なタイトルの本もそうした類のものである。

そしてこの著の特性として、特定の政治史や政治的事件、あるいはこれらに関与した歴史的人物を対象にしているのではなく、その名も伝わらない不特性多数の人々を中心に記述していることである。

 そして、最も熱心に追求しているのが、「音楽家」「楽師」といった職業やその本質である。音楽家というイメージからはモーツァルトやベートーベンといった古典主義時代の作曲家などが浮かぶが、ここで語られるのは、そのような名声とは無縁の名もなき「楽師」である。ひと所に定住しないがゆえに、多くの迫害を受けながらも音楽を演奏することをなりわい(生業)としていた漂泊の楽師たちが本著の主人公である。

 楽師たちには歌手、踊り子、道化師、曲芸師、動物使い、ものまね師、吟遊詩人などが含まれる。そしてこれらの放浪・雑芸の芸能者の起源と出自から多種多様な楽器、メロディーの種類や演奏方法、舞踊の形態、習俗や服装、芸人をめぐる偏見や差別、その社会的地位、教会や宮廷における位置付けと役割など幅広い考察がなされている。

 さらに社会的秩序の中に暮らす都市市民の社会、教会という宗教的権威の社会、支配者たる国王や領主などの貴族社会という三層が重なり合う社会構造における芸能者たちとの関わりについての記述が興味ふかい。

 差別や迫害を受けながらも愛されるという芸人の特質はホンネとタテマエという二面性に分断され「対立と寵愛」という相反する二重の構図の中に位置付けられて行く。

この辺りは日本の中世時代に、万歳や獅子舞など、遍歴の芸能者、芸能民が畏れられながらも、敬われる存在として受け入れられていた日本列島の有り様に通じるものがある。

                                            18世紀になり、モーツァルトが父親に伴われて巡業の旅に出た様子を想像するに、後世の輝ける評価とはかけ離れた漂泊芸能者としてのイメージが強く浮かぶのを禁じ得ない。かれの音楽の遺伝子にはヨーロッパ中世に差別と迫害を受けつつ漂泊を続けた芸能民の諸々の感情が脈々と流れているのだろう。(明石書店)

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