「ペスト」 アルベール・カミュ

1940年代のアルジェリアの港町オランに起こったペストの蔓延。封鎖された都市の人々の日常そしてペストとの不条理な戦いに挑んだ人々を記録という形をとりながら、人間存在の在り方という究極の問いにまで想いを至らしめる小説だ。

実際に起こった歴史上の事象を記録したものではなく、1941年から着手され1946年末まで、

綿密な構成上の苦心を重ねられた末に、書き上げられた架空の物語である。しかしながら、そこには並外れた迫真性と肯定的不条理性が存在する。

主人公は医師、ベルナール・リゥー。他に10数人の興味ふかい人々が登場する。

中でも、ランベールというパリから取材で訪れていた新聞記者。フランスにいる彼女との分断に苦しみながらも、リゥーの想いに共鳴して行く。

ジャン・タルーという若い男。街で起こる些末なことなどを手帳に記録している。彼の視点も重要な位置を本著では占めている。

パヌール神父は博識のイエズス会士。神の存在をめぐり、リゥーと対話する。

ジョセフ・グラン、市役所に務める役人。小説を書く。

コタール 、自殺未遂を起こす。

これらの人物像は彫琢が深く、多面的で、魅力に満ちている。

物語は街からネズミが次々と死んでいくことからペストの発生・蔓延そして終息までの記録風叙述であり、医師リゥーの行動と思索を中心に語られながら、タルーの手帳からも引用する形で補完される。医師リゥーはカミュの分身だろう。

オランという街がどのように呼吸し、変貌していくかを群像を描きながらも街の感情をも描き出す。オランという都市の有り様、匂いや色彩がビビッドに浮かんでくる。文学的練達を示す明晰・沈着な文体が街に溶け込んでいくようだ。

ペストによる死への恐怖と背中合わせの日常に生きながら交わされる登場人物たちの会話や行動が、抑制されながらも、深く暗い熱情に支えられた文体により、読むものの心に突き刺さる。

カミュの到達した文学的達成の高みを仰ぎ見ながらも、2020年の現実世界の記録的反映として読み込まれてしまうという二重性がこの「ペスト」という作品に新たな息吹を吹き込んだのだろう。(宮崎嶺雄訳 新潮社)

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