自伝的回想風ドキュメンタリー「アニエスの浜辺」

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フランスの女流監督アニエス・ヴァルダ。1954年デビュー以来55年間にわたり作品を作り続けてきたヴァルダの新作ドキュメンタリー「アニエスの浜辺」は、自伝的回想風ドキュメンタリーであり、私「映画」とでもいうべき個人的感懐に満ち満ちた彼女の人生論でもある。

まもなく81歳になるヴァルダの映画人生にかかわった人物群は多彩だ。ヌーヴェル・ヴァーグの旗手たちのジャン=リュック・ゴダール、アラン・レネ、ジャック・ドゥミたちとの公私にわたる交流そして俳優のジェラール・フィリップ、ミシェル・ピコリ、カトリーネ・ドヌーブなどとの若かりしころの姿がつぎつぎと現れ、なつかしさと時間の経過への感懐を抱かせる。
ヴァルダ自身の出演とナレーションとともに、再現ドラマ、「5時から7時までのクレオ」など数々の自作、思い出の地への再訪、なつかしい人物との再会などのシーンがめまぐるしいほどのテンポでつぎつぎに展開していく。

1960年代ヌーベル・ヴァーグは日本でも映画の枠を超えて文明・文化論の重要なテーマだったし、フランス思潮はサルトル、ボーヴォワール、カミュなどを通して圧倒的な影響力を若者に与えていた。その当時のフランス映画やフランス思想家にたいする関心の高さは今では想像できないほどだった。そのころの空気を知る世代のものにとっては、なんとも懐かしい名前や作品が並ぶのだが、今の若い人にとってはどのように写るのだろう。

次々と展開するシーンはどれもヴァルダにとっては、忘れられぬ人生の場面なのだろうが、いずれのカットも思いを振り切るかのように極めて短く処理される。それは抒情に流されるのを良しとしないヴァルダの硬質な精神がなせる編集の技なのか。思うようにならない人生を嘆きながらも軽やかに生きるヴァルダの骨頂だろう。

全編にわたり夫であるジャック・ドゥミ監督へのヴァルダの深い追慕の思いが基調に流れている。「シェルブールの雨傘」の監督ジャック・ドゥミはエイズで1990年に還らぬ人となったが、彼のことを話すヴァルダの表情は夢見るようであり、時には苦痛にゆがむが、これら一連のシーンが印象的で、このシーンがあるだけでこの映画の存在価値があると思ったほどだった。09年10月10日(土)から岩波ホールでロードショー。

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