映画「海炭市叙景」:底光りのする美しさ

地方都市の愛しい佇まいとそこに生きる人びとの息吹をケレン味なく描き、見るものに様々な感懐を抱かせる佳作である。ひりひりするような矛盾に満ちた現実に遭遇しながら、その土地で生きていく人々を暗く、静かな情熱で寄り添う不思議なムードが横溢している。監督は「ノン子36歳(家事手伝い)」(「映画芸術」誌2008年度日本映画ベストワン)などの熊切和嘉。
90年に自殺した函館出身の小説家・佐藤泰志の未完の連作短編小説『海炭市叙景』が原作で、18の短編小説から5つを選び脚色した。(脚本:宇治川隆史)函館をモデルにした架空都市”海炭市”が舞台である。
造船所をリストラされる兄とその妹、地域開発のために立ち退きを迫られる猫と生活する老女、プラネタリウムで働く49歳の男と夜の仕事の妻のすれ違い、ガス店を営む男と連れ子につらく当たる妻の暴力の連鎖、路面電車の運転手と心が通わない息子の帰省などの5つの話がオムニバス風に描かれる。
どこにでもあるような暗く、救いがない話の連鎖でありながら、終始2時間半見入ってしまった。北海道の港町の冬の風景が寒々しくも、底光りして美しい。しかもカメラの眼が、そのなかからも微温を感じ取る感性を持っているのが救いだ。特に路面電車のシーンの美しさは忘れがたい。寒地の冷気をも温める地熱が漂うかのような町の風情がこの作品を奥行きのあるものにしている。誰しも自分の故郷の風景を思い起こし、思いにとらわれてしまうような気持ちにさせる画面だ。音楽(ジム・オルーク)も抑制をたたえた抒情がある。
俳優も実力派、素人が交じり合い、不思議な調和と実在感を浮かび上がらせている。特に加瀬亮がいい。存在感があるような、ないような不思議な役者だ。内に秘めたマグマを垣間見せる雰囲気がいい。猫好きの老女、中里あきもいい味だ。
日本の地方都市の現況を描いた「海炭市叙景」は「ヘブンズストーリー」と並んで確実に日本列島の今を鮮烈に描出した。