ドイツ出身の映画音楽の巨匠ハンス・ジマーがガイ・リッチー監督の『シャーロック・ホームズ』(2009)の続編の音楽を引き受けることになったときは、100本以上の映画音楽を手がけてきたキャリアにまた新たな一本が加わるだけかのように思われた。
しかし、仕事を進めるうちに、もともと政治的関心の高かったこのアカデミー賞作曲家は新しい音楽の方向性とひとつの志を見出した。ロマ(しばしばジプシーと呼ばれる)への関心がそこへ導いたのだ。
ヨーロッパの各地で今も差別を受けるマイノリティーは、移動を続ける生活と風変わりな言葉や文化を理由に侮蔑の対象となり、かつてユダヤ人とともにナチスの犠牲となった。この夏ジマーはいつもの音楽メンバーに加えて民主活動団体のNational Democratic Instituteのメンバーらとともにヨーロッパの7か所のロマ居住区を訪れ、さまざまなミュージシャンの音楽を聴いた。
「中欧の国に行ったのですが、このような貧困は見たことがありません。」ジマー(54才)は言う。「あってはならないことです。」
ロマの音楽に感銘を受けたジマーは、正当な2セッション分のギャラを約束して、出会ったミュージシャンの中から13人をレコーディングに呼んだ。彼らはバイオリンとアコーディオンを携えてウイーンにある録音スタジオに出向いた。彼らの演奏は12月16日全米公開の『シャーロック・ホームズ』の続編”A Game of Shadow”*の映画音楽として収録された。サウンドトラックの収益の一部はロマの人々に寄付され水、暖房、学校へ行くためのバス代など生活費の一部に充てられることになっている。
ジマーの娘でファッション写真家のゾーイ・ジマーも旅に同行し、ロマの人々をカメラに収めた。”Deserve Dignity”(「誇りをもって生きる人々」筆者試訳)と題する写真展がこの1月からウエスト・ハリウッド図書館で開催される。
「私は政治家ではないので問題を解決することはできない。」と父ジマーは言う。「とても音楽的なジプシーの世界といういい意味でのステレオタイプを後押ししているわけですが、それが今の私にできる唯一のことです。少しでも彼らに仕事の場を提供すること、それによって彼らの生活が少しでも良くなることを願っています。」
(市橋雄二/2012.1.9)
*日本では『シャーロック・ホームズ シャドウゲーム』の邦題で、今年の3月12日全国ロードショー公開(配給:ワーナーブラザーズ映画)の予定。出演はロバート・ダウニー・Jr.、ジュード・ロウほか。12月16日に公開されたアメリカでは1月1日までの累計興行収入が100億円に達し、1位のトム・クルーズ主演『ミッション・インポッシブル ゴースト・プロトコル』と僅差で2位につけ、大ヒットとなっている。
(市橋雄二)