韓国映画の持つ底知れぬパワー全開の快作であることは間違いない。『チェイサー』のナ・ホンジン監督とハ・ジョンウ、キム・ユンソクのコンビが再び組んだ体臭むんむんの暗黒映画である。
グナム(ハ・ジョンウ)は中国の延辺朝鮮族自治州に住む朝鮮族のタクシー運転手。多額の借金を背負った上、妻は韓国に出稼ぎに行ったきり音信不通。生活苦にあえぐ日々を送る。そんな時、犬の売買市場で会ったミョン(キム・ユンソク)が、10日間の間に、ソウルにいる大学教授を殺害し、その親指を切り取って持ち帰れば、借金を帳消しにするとの取引を持ちかける。妻と娘との暮らしを取り戻したいグナムは悩んだ末に代理殺人を請け負い、ソウルで消息を絶った妻を追い韓国に密入国する。
ここでいう犬とは食用に飼育された犬のこと。朝鮮半島と中国南部の貴州省などでは犬は食料であり、日本でも上野近辺の朝鮮料理店ではメニューにのっている。以前、貴州省を取材した1990年代には街中に犬の肉専門店を見聞している。犬市場の描写などは、その意味が日本人にはよく伝わらないかもしれないが、こうした描写が画面に厚みを加えている。
代理殺人と妻探しでソウルに入ったグナムが想像もしなかった事態がソウルで巻き起こる。そこからの4章仕立てのストーリーは筋を追うのがしんどくなるような複雑さである。
血まみれのバイオレンスシーンの執拗なまでの描写が続く。徹底的にナイフ,斧による殺戮シーンのオンパレード。そして無鉄砲なカーチェイス。圧倒的な疾走感を伴いながら
救いがたいラストへとなだれ込む。演出はテンポ良く、カメラも躍動する。筋立ての難解さを越えて迫るものがある。韓国映画の底力か。
この映画では日本人には理解しがたい民族問題が背景にある。主人公が中国に居住する(少数民族)朝鮮族であるという背負だ。こうした背景をもつ人物を主人公にした韓国映画は始めてかもしれない。
中国には人種的偏見に基づく差別意識というよりも、むしろ歴史的な漢民族支配の構造が地理的、政治的、経済的に堅固に存在しており、朝鮮族をはじめ55の少数民族にたいする実質的な差別構造が確立している。チベット族、ウィグル族などによる抵抗運動はあるが、多くの少数民族は漢民族の慰撫政策、漢化同化政策に飲み込まれている現状だ。
北に住む朝鮮人は国境を接する延辺朝鮮族自治州に脱北するが、漢民族、朝鮮族支配には抗しえない。朝鮮族のグナムは韓国に密入国するが韓国人からの蔑視に遭遇する。差別構造が朝鮮半島と中国の朝鮮自治州のあいだで循環しているのである。出口なしのように見える状況のなかでの壮絶なバイオレンスドラマである。
グナムが抱えた背景を知るとき、彼の様々な感情をたたえた表情がにわかに切実感を伴いながら、迫ってくる。
俳優陣が素晴らしい。田中邦衛を2枚目にしたようなハ・ジョンウの表情が秀逸であり、
キム・ユンソク扮するミョンの不気味な不死身男の存在感が際立つ。