映画「愛、アムール」

  • 引退して悠々自適の老後を送っていた音楽家の夫婦の人生の最後を描いた作品で、第65回カンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞し、第85回アカデミー賞の外国語映画賞も受賞を果たした。
    見ていてあまり愉快にはなれない、つらい種類の映画であるが、映画的完成度の高さに舌を巻きながら、見入っている自分を発見する。
    私にとっては主演の俳優二人に引かれてというのが、この映画を見た理由だ。
    ジャン=ルイ・トランティニャンはフランス映画の全盛期を活躍した男優でアラン・ドロンなどの2枚目全盛時代に異色の芸風を漂わせ独自の地位を保ってきた。
    そしてなんといってもエマニュエル・リヴァなのである。アラン・レネエが1959年に発表した「二十四時間の情事」の主演女優であり、岡田英次とのシーンなど忘れがたく、日本人には特別な響きを持った女優なのである。
    そうした彼らが半世紀を経て、老いた姿をさらして、人生の終末期を演じてくれたのである。ともにかれらの演技は人間のあらゆる感情を表現しつくして余りある余韻を漂わすのである。俳優という存在の不思議さに粛然とする。
    そして演出は冷静沈着で、感情におぼれることなく、カメラワークはハネケ監督の意思を体現して、抑制を効かせる。カット数が少なく、画面がだれる寸前までねばる。音楽は登場人物が弾き、CDを聞くピアノのわずかな音だけ。いわゆる劇伴音楽はいっさいなく、炊事場の水音や食事の食べる音などが耳に残る。
    裕福な老夫婦と設定することにより、貧困による諸問題などを省き、純粋に人間の終末に焦点を絞り、見つめつくした映画である。
    ミヒャエル・ハネケ監督作品。