映画「三姉妹〜雲南の子」雑感

この映画については、2013年6月7日付けで本サイトにアップされている映画評に詳しく述べられているので、そちらをご覧いただくとして、ここではある一つのシーンについて、若干の感想を述べることにしたい。

幼い三姉妹、特に長女の日常が坦々とスクリーンに映し出されて2時間以上が経過し、主題歌もBGMもないこの映画の中で初めて節を持った旋律が劇場内に響いた。父親が畑仕事に行き、子守りの女と子供たちは川に洗濯に行くシーンで、次女のチェンチェンが突然歌を口ずさみだしたのだ。

スクリーンには「世界で一番ステキなのは私のママ」という歌詞の翻訳字幕がついていたかと思うが、これは「妈妈好(または世上只有妈妈好)」*という中国人なら誰でも知っている歌で、乳飲み子をあやすときにもよく歌われる。オリジナルは1960年公開の香港映画『苦児流浪記』の挿入歌で、その後1988年に台湾で公開され母と子の愛情を描く感動作としてヒットした映画『妈妈再爱我一次』の劇中に歌われ、中国においてもテレビで何度となく再放送されたことから、わかりやすい歌詞と印象的なメロディーも相まって国土の隅々まで広まった。『妈妈再爱我一次』では、幼稚園の先生が子供たちにこの歌を教える場面がある。その日は母の日で「今日はお家に帰ったらお母さんにこの歌をプレゼントするんですよ」と。

母親の愛情を知らずに育った次女が、この歌をどういう気持ちで歌ったのか。三姉妹の中でもやんちゃ娘の次女はこの歌を口ずさんでいる時もなにやらふざけている。まだ歌詞の意味もわからず、周りでよく耳にする歌として覚えたのかも知れないが、何とも切ない気分にさせられる。おそらくこの次女は歌い出ししか覚えていないのだろうが、この歌の2番は「母親がいないということは何という苦しみか」と続くのだ。

こうして、映画は最後に来てこの三姉妹が母親不在のままこの先を生きていかねばならないという、貧困とは別のもう一つの現実を改めて観客に想起させることに期せずして成功している。このシーンの持つそういった意味合いがもっとも伝わるのは中国の観客のはずだが、この映画は中国政府の許可を得ずに制作されており、上映されることはないだろう。万が一その機会があったとしても、この種の映画に経済発展に沸き立つ今の中国の一般大衆が関心を寄せることはないと思われる。何とも皮肉な現実がここにある。

ワン・ビン監督はただ自分が撮りたいと思う対象に真摯に向き合っているだけだと言うかも知れないが、中国にこのような社会矛盾が続く限り、それを創作エネルギーにかえて秀作を生み出す映画人が生まれ続けることだろう。
(市橋雄二/2013.7.2)
*)この曲は、夏川りみがアルバム『歌さがし〜アジアの風』(2010、ビクターエンタテインメント)の中で日本語と中国語で歌っている。日本語タイトルは「ママ大好き」。