一気読みする魅力:「天国でまた会おう」ピエール・ルメートル

  • 本ブログ2014年12月13日の書評欄に『「ミレニアム」以来の衝撃』という表現で「その女アレックス」を取り上げたが、「天国でまた会おう」は、その作者ピエール・ルメートルがフランス最高の文学賞、ゴンクール賞を受賞した傑作である。
    「死のドレスを花嫁に」も面白かったが、意外性を内包したミステリという魅力を極限まで表現し、最後までぐいぐい引っ張りこむ力を持った作家である。
    「天国でまた会おう」はミステリではなく、現代史の一面の実相を鮮やかに描写した堂々たる現代史小説である。ミステリ的な要素はなくはないものの、凄惨な第一次大戦を生きたフランスの人々の群像劇として胸を打ち、人間の運命について考えざるをえない示唆に溢れている。
    主な中心人物はアルベールとエドゥアールという二人の兵士であり、その周辺の家族たちである。アルベールはもと銀行の経理係で、平凡で、優柔不断、意気地なし。
    エドゥアールは裕福な実業家の家に生まれ、天才的な画才に恵まれた男で、反骨精神の持ち主。
    二人に加えて、戦場での上官、ブラデル中尉は二人にとっての悪夢のような人物だが、適役としては申し分ないキャラクターの持ち主だ。
    顔面に致命的な負傷を負ったエドゥアールと彼を支え続けるアルベールの思いと破天荒な行動が中心となり、戦争後の特需にうごめく政財界の人々、貴族社会の人間たちの様々な行動が確かな筆力で活写される。
    それぞれの人物についてルメートルはその複雑な内面を屈折した精神、希望、絶望感を確かな文体で描き尽くす。そこには多面的な人間心理への深い洞察力が裏付けとなり、人間の運命と現代史との関わりが浮かんでくる。
    通俗的な語り口の様相を呈しながら、物語の展開にいつの間にか吸い寄せられて、一気読みしてしまうのだ。
    大量の戦死者を生んだ大戦とその死体を埋葬する墓場、棺桶をめぐる人間の残酷さ、滑稽さに目を背けたくなる臭気も漂う展開ながら、二人の青年たちの運命とその青春の行くすえに粛然たる思いにとらわれ,叙情が残る。
    エンタテインメント性と文学性が高度に統一された現代小説としてフランスでも深い共感を得たというのも納得である。
    一筋縄ではいかない人間心理への洞察と、それを表現する文体の小気味よさ、切れ味の良さが堪えられない。