必携の一巻~「福島第一原発 廃炉図鑑  開沼 博 編」

  • 本ブログでは開沼 博の著書は「フクシマ論 原子力村はなぜ生まれたのか」「はじめての福島学」の2冊を取り上げてきた。前者は原発のある地域の人々の心の中の本音やひだを丁寧に探りだした画期的なフィールドワークの労作で、後者はそれらの知見を積み上げ、一切の予断や常識的な判断を排し、過度の楽観主義や悲観主義からも解き放たれたフクシマ論だった。
    本著「福島第一原発 廃炉図鑑」は開沼が繰り返し主張してきたように、原発にまつわる固定化したイメージを見つめ直すことのきっかけを模索する好著である。何よりの特徴は図鑑形式であることで、長々とした大論文は載せていない。そしてどこから読み出したり、写真からはいってもよし、漫画からはいってもよしの面白図鑑風な造りが出色だ。編集工学的にも優れた編集だ。
    執筆陣は社会学者の開沼博、廃炉現場で働いた体験を漫画「いちえふ~福島第一原子力発電所労働記」にした竜田一人、元東電社員で復興支援に取り組むAWF代表の吉川彰治の3名。
    序文に開沼がこの著の基本的精神を「批評の本」と定めており、社会の健全なダイナミズムは批評の言葉や批評的な態度から生まれ、それらがなくなるのではないかという危機感が開沼の問題意識だ。ステレオタイプなものの見方から脱する作業は「周縁にあるとされているものを中心に位置づけ直す作業」だとも換言する。一段下のものと思われていたりするようなものにこそ価値があることを示し、新たな、創造的な側面を提示する。この指摘は鋭い。
    以下の各論は4章に分かれ、
     第1章・福島第一原発、最大の問題は何か
    「結局、トラブル続きでALPSは動いていない」と思っている人は一定数存在するが、実際は汚染水の浄化処理は計画的に進められてきて、現状では大きな山を越え、一段落しているというのが「廃炉の現場」の現実だという。「汚染水は増え続け、海に大量の放射能物質が流出し続けている」などの「固定化したイメージ」と「事実」は必ずしも一致しまいという。メディアが何か異常なことが起きた時、センセーショナルな論調で報じるが、その後の後追い報道は殆どない。こうした点を事例、グラフなどで説明している。
     第2章・廃炉とは何か
    ここでもグラフ・イラスト・漫画などを駆使しながら廃炉作業の段取り、問題点などをわかりやすく説明する。特に汚染水対策とその方法などはイラストによる説明で素人にもわかりやすい。また、燃料デブリについても様々な角度から分析する。問題のデブリ取り出しは「冠水工法」「気中工法」のどちらかでという問題が進行中とのこと。
    以下、第3章は1F周辺地域はどうなっているのか、第4章は廃炉をどう語るのか?となり、周辺の宿事情から福島浜通りのサーフィン事情まで触れている。また糸井重里と小泉進次郎へのインタビューなどもある。
    とにかく、メディアが断片的に報道していることの誤謬の連鎖は深刻な問題で、いかに事実を知らされていないかを実感するのみだ。現在進んでいる状況を客観的に、科学的に、冷静に知ることから全て始まる。楽観主義、悲観主義を乗り越えて事実を見つめ直すことからしか未来は生まれない。原発に賛成する人も、反対する人も、迷っている人もこの図鑑をざっとでもいいから読んだり、見たり、眺めたりして、ある程度、同じ理解レベルを共有することから論争でも喧嘩でもすることである。
    この図鑑を編纂する莫大な労力と柔軟な思考に敬意を表する。
    発行:株式会社太田出版