映画「ソング・オブ・ラホール」〜今に生きる音楽目指し、ジャズと融合  

  • パキスタン東部ラホールに生まれた「サッチャル・ジャズ・アンサンブル」という音楽集団の思いや苦悩をドキュメントした記録である。
    1980年代の軍事独裁下で歌や映画などの芸術・芸能活動への締め付けが強まり、00年代に入ると「音楽はイスラムに反する」と主張する過激派が台頭し、ますます音楽家などは生活すらも困難な状況に追い込まれていった。過激派などのテロも横行していた。パキスタンに脈々と伝わってきた伝統音楽が失われようとしていた。
    こうした閉塞状況を打破すべく結成されたのが「サッチャル・ジャズ・アンサンブル」である。メンバーたちはイスラム社会に宿る、芸能者への賤視・差別に苦しみながらも世襲する音楽家としての喜びや誇りを捨てられずにいたのだった。
    そんな時に、あるジャズ愛好家の呼びかけで、彼らはジャズとの融合を目指す大胆な試みに挑戦した。彼らが肉体化してきた伝統音楽に新たな命を注入して今に生きる芸能に変貌するために、即興演奏という音楽的本質を共有するジャズとの共生・融合を目指したのだ。
    メンバーたちの音楽的熟練は高く、彼らのリハーサル風景のカットが積み重ねられるが、何気なく奏される超絶的技巧のオンパレードに舌をまく。世襲されたプロ集団の凄さを実感するシーンが楽しい。特に、竹の笛バーンスリーを奏するバーキル・アッバースの至芸には刮目。
    ジャズの名曲、デイブ・ブルーベックの「テイク・ファイブ」をタブラ、バーンスリー、ハルモニウム、ドーラクなどの伝統楽器が奏でるシーンでは、音楽の無限の可能性を暗示させ感動が漂う。思わず、50年近く前にジャズ喫茶に入り浸っていた時代が蘇る。
    そして、ついに彼らはリンカーンセンターでウィントン・マルサリス&ジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラとの共演が実現する。
    映画的にはハイライトであり、事実、大きな成功を収めたが、これからが彼らの真の挑戦だろう。海外での成功をバックに、逆輸入的にラホールでのコンサートがラストシーンだが、過激派や、保守層の政治家や宗教者たちの厳しい視線の中で、楽観は許されない。ただ、このドキュメンタリーで証明されたパキスタンの伝統音楽家たちのしたたかなまでの柔軟性や優れた適応能力が今の時代の閉塞性を打破してくれることを祈りたい。
    監督はパキスタン人のシャルミーン・ウベート・チナーイ。女性への暴力や差別などを短編でアカデミー賞を2度受賞した経歴を持つ。
    「蛇足」
    1990年代に中国少数民族の民間芸能を現地で撮影する仕事をしていた時、あるイスラム系の村を訪ね、村に伝わる歌などを記録していた時に、歌の上手い女性がいるとのことで、自宅を訪ねて歌を歌ってほしい旨伝えたが、強く断られたことがある。人前で歌を歌ったことが、夫に知られたら、即、離婚されてしまうというのだった。結局、村の物分かりのいい幹部の計らいで、村から離れた山の斜面で撮影できたのだが、イスラムの世界の芸能のあり方についての貴重な体験だった。イスラムと音楽芸能の複雑な関係は、この映画の底流を流れるメインテーマであり、容易には解けない難問が横たわっている。