映画『湾生回家』を見て

  •  戦前の台湾で生まれ育った日本人を「湾生(ワンセイ)」というらしい。初めて聞く言葉である。湾生たちは敗戦によってそれまでの生活が突然断たれ軍人、軍属らとともに日本本土に強制送還された。その数約20万。老境に入った彼らが今改めて子供時代を過ごした台湾の地を訪ねる物語。
    これだけの映画紹介であれば、映画館を訪ねたかどうかわからない。何かの記事にこのドキュメンタリーが台湾で興行的成功を収め、特に若い人々がハンカチを手に多く観たとあった。老人が主人公のこのドキュメンタリー映画にいったい何があるというのか。
     映画が始まってしばらくするとその記事の意味がわかってくる。開拓民や公務員として台湾に渡った親たちには夢や希望、あるいは覚悟があった。日本の統治下とは言え、やはりそこは異国である。苦労があれば日本での生活が偲ばれたことであろう。
    しかし、そこで生まれ、地元の子供たちと同じ学校に通い遊んで育った子供たちは違った。映画にも出てくるせりふだが「ここを外国だと思ったことはなかった」。漢民族もいれば原住民のタイヤル族もいる。大人の世界ではおそらく出自によって色メガネでみるようなことも子供ならではの感性で軽々と相対化し適応した。
    生まれ故郷を訪ねる湾生と現地の幼なじみが再会するシーンが印象的だ。これが実にありきたりで「やあやあ、あのときのお前か」くらいのものである。しかし、それが逆に胸を打つ。そこには国家や民族あるいは言語は介在しない。そうした文化的な装置を取り除いてみれば人間の根底には何も他者と隔てるものはないのではないかということを思い起こさせてくれるのである。
    そのほかにも当時を振り返ってそれぞれの人生を語る湾生が登場する。そして、同じ湾生でも事情があって日本に帰ることのできなかった女性が描かれる。この女性は自分を残して日本に帰った母親のことを思い続けているが今は年老いて病床に伏す身。娘や孫が代わりにその母親の消息を調べようと奔走する。このエピソードの結末は本作のクライマックスでもある。
     国境や民族にまつわる紛争のニュースを毎日と言っていいほど目にし、人間不信に陥らざるを得ない現代人にとって、この映画が伝えていることは実にシンプルだ。つまり、人間同士実は捨てたもんじゃない、というメッセージである。台湾では今も日本ブームが続いていると聞くが、この映画の台湾での成功をそのような日本や日本人に対する関心という表面的な理由だけで説明することはできないだろう。もっと根源的なものを台湾の若者たちもまた感じ取ったに違いない。
    「湾生回家」は中国語で普通に読めば「ワンションフイジア」となる。「回家」は「家(故郷)に帰る」という意味だ。ただ本作では「湾生」を一貫して「ワンセイ」としている。英語タイトルが”Wansei Back Home”であることからもわかるように制作者は日本語読み(訓読み)にこだわった。日本人が自らそのように称したので日本語の発音に倣ったということであろうが、それ以上に一般名詞としての「ワンション」ではない、それぞれの「ワンセイ」のそれぞれの物語をタイトルに籠めようとしたのかも知れない。それによって伝わるものが確かにあった。
    (市橋雄二/2016.12.2)