映画に描かれた〈カールベーリヤーの女〉が表象するもの

  •  インドのラージャスターン州で独特の踊りを伝承する芸能民カールベーリヤー。2001年の夏、ジプシー(ロマ)音楽のルーツを探るため同州のジャイサルメールという町で音楽調査をおこなっていたとき、巡礼のためウダイプルから来ていたその芸能一座に出会い、躍動的でアクロバティックな「生きた」芸に魅了された。

    黒地に赤、白、黄、緑など色鮮やかな飾りをつけたブラウスとロングスカートを身にまとった女性ダンサーが体をくねらせ旋回する踊りは、近年欧米諸国や日本でコンサートツアーをおこなうラージャスターンの音楽芸能グループのショーの一部に組み込まれ、世界的に知られるようになった。
    元来カールベーリヤーは、シヴァ神を信仰する門付け漂泊芸能民ジョーギーのサブグループで、かつては蛇遣いの芸を見せながら村々を回り、蛇に噛まれた人の治療を施したり、蛇退治の呪文を唱えて民家に入った蛇を捕まえたりするなどのサービスを提供し、各地の寺院の祭礼に赴いては地元の楽師と一緒になってさまざまな芸能を奉納芸として披露し人々を楽しませていた。時折現れては去っていく漂泊の芸能者は定住の農民や商人からは畏れられ、遠ざけられながらも、一方で特別な能力を持つ異形の祝い人として受け入れられていた。時代は変わり蛇遣いの部分が失われて芸能の部分だけが残された。
     先日、ラージャスターンが舞台だというのでたまたま見たヒンディー語映画に〈カールベーリヤーの女〉が出てきて思わず目を見張った。『Dhanak(ダナク/英題はRainbow)』(ナーゲーシュ・ククヌール監督)というタイトルの子供を主人公にしたヒューマンドラマで、2015年のベルリン国際映画祭でプレミア上映され、日本でも同年〈こども国際映画祭in Okinawa〉で上映されている。日本ではその後劇場公開されておらず、今回映像配信サービスを利用した。アメリカの会社が日本でおこなっている月額制の映像ストリーミング配信には世界各国の新旧映画作品が日本未公開作品を含めて豊富にラインナップされていてかなり利用価値が高い。今回の映画も『レインボー』という邦題で日本語字幕付きで観ることができる。
     映画はラージャスターンの田舎の村に暮らす目の不自由な8歳の男の子と二つ年上の姉が主人公で、ある日姉があこがれの映画スター(実在のシャー・ルク・カーン)が大写しになったポスターを見つけるところから物語が展開する。よく見るとそこには角膜移植のドナー登録を呼びかける言葉が書かれていた。このスターに頼めば弟の目を治せるかも知れない。その後スターが同じ州で映画のロケ中だという話を聞き、お金のかかる手術を諦めている親に内緒で、弟を連れてスターに会うため旅に出るのだが…。
    二人は途中道に迷ったり大人に騙されたりとトラブルに見舞われ、その都度誰かに助けられながら旅を続ける。その助っ人は旅芸人であったり、バックパッカーの旅行者であったり、家族を失くして精神を病んだ男であったりして、周縁を生きる人々が持つ超日常的とも言うべき力によって遂にスターのもとにたどり着く。
    女優が演じる〈カールベーリヤーの女〉もそんなマージナルな存在の一つとして、黒い衣装に身を包んで登場する。一難去ったところで人の良さそうな男の車に乗せてもらうと実は子供さらいで、睡眠薬入りのお菓子を食べてしまい万事休すという時に、道路工事を装って道を塞ぎ、銃で脅しながら男から金品を巻き上げ、子供達も無事助けるという役回りだ。その後、カールベーリヤーの一団がテントを張って宿営する場面で、魔法つかいの老婆が出てきて「占いでお前たちが来ることはわかっていたのだ」という話をするところなど、カールベーリヤーに対するステレオタイプなイメージがよく表れている。それはかつて蛇遣いとして村々を渡り歩いていた時に定住民の側が抱いていた固定観念と共通するものだ。映画ではカールベーリヤーの登場シーンは5分程度だが、マンガニヤールの楽師たちと楽しそうにラージャスターン民謡「ゴールバンド」を歌うシーンもあって総じて明るく描かれている。
     カールベーリヤーをそのまま描いた映画はトニー・ガトリフ監督の『ラッチョ・ドローム』をはじめいくつかのドキュメンタリー作品があるが、本作のように女優が演じる映画は初めて観た。筆者が知らないだけかもしれないが、冒頭に書いたように今や世界中に知られるようになったカールベーリヤーの存在感と無関係ではあるまい。アメリカの映画データベースサイトで本映画を調べると、〈カールベーリヤーの女〉を演じた女優の役名はGypsy Womanと出てくる。
    (市橋雄二/2017.7.18)