もちろん黒澤映画には「生きる」の志村喬の畢生の名演があり、「乱」「影武者」の仲代達矢の存在感が際立っているが、黒澤ー三船コンビ作品の主なものを上げていくと「酔どれ天使」「野良犬」「羅生門」「七人の侍」「蜘蛛巣城」「隠し砦の三悪人」「用心棒」「天国と地獄」「赤ひげ」と目がくらむような巨峰が輝き、圧倒的な達成と世界に与えた多大な影響力に脱帽するのみであり、やはりミフネあってのクロサワワールドなのだ。
三船敏郎が逝って、20年。
このドキュメンタリー「MIHUNE theLAST SAMURAI」は三船敏郎の俳優としての仕事を数々のインタビューと映像から構成し、改めてミフネの達成したものに敬意を捧げるオマージュになっている。
「七人の侍」をはじめとして名作の数々にシーンが断片的に出てくるが、その映像の圧倒的な強烈さに引き込まれ、改めて黒澤映画の力の源泉に圧倒される。その意味では構成的には「このまま映像を見ていたいという」観客の欲求に抗してインタビューを織り込んでいくのはなかなか難しい作業だったろう。強いて言えば、「酔いどれ天使」の資料映像がかけていたのが、残念。これは三船の強烈な個性が黒澤の予期に反して、主役の志村喬を超えてしまうというほど、三船の内包するエネルギーの凄まじさを示す作品だったからだ。
インタビューはスティーブン・スピルバーグ、マーティン・スコセッシ、香川京子、司葉子、土屋嘉男、加藤武、二木てるみ、役所広司、野上照代などなど。この中で面白かったのは圧倒的に
土屋嘉男の話であった。
土屋には 黒澤明に対する心情があふれんばかりに満ちた好著「クロサワさーん!黒澤明との素晴らしき日々(1999年新潮社)」があり、黒澤明との深い付き合いの中でのエピソードが興味深かった。そして、加藤武の話も説得力があり、クロサワ映画の絶対性を偲ばせた。二木てるみの、「赤ひげ」の三船のあるシーンについての話も当事者しか感じられない真実を語っていた。生い立ちから、俳優になるまでの歴史を振り返りつつ、そこから几帳面な性格ぶりやアルコールによる武勇伝まで示されるが、そうした彼の実像と彼が俳優として達成した躍動感、肉体感みなぎる人間像とのあまりの隔たりこそミフネの存在証明であり虚実皮膜を演じる芸能者としての勲章だろう。
三船敏郎亡き後、日本映画会には、まだ誰もあのダイナミズム、躍動美、野生美に並ぶ俳優は出現していないし、今後も出ないと思われる。何故ならば、日本の敗戦、黒澤明との出会いなど歴史の奇跡により生み出されたのがミフネだったから。
監督・編集 スティーブン・オカザキ。