《ジェレム・ジェレム便り56》〜同胞の絆がもたらす新たな連帯〜「世界ロマ・バンジャーラーの日」に寄せて

  • インドに「バンジャーラー」と呼ばれる人々がいる。かつてラージャスターン地方を拠点に隊商を組んでインド亜大陸を南北に移動しながら塩や穀物などの行商をおこなっていた非定住の職能集団(ジャーティ)だったが、鉄道やトラック輸送の普及や政府の定住化政策で、現在では農業や刺繍を施した布製品作りなど生活スタイルは変化している。一方で歌を歌って村々を回る旅芸人を続ける支族もいて、今なお放浪民としてのイメージを強く持たれている。現在は大都市ムンバイを擁するインド西部のマハーラーシュトラ州やその南に位置するカルナータカ州を中心に100万を超える同胞がおり、共同体としての強固な連帯を誇っている。そのバンジャーラーのコミュニティーがネット上で発信している情報のなかに、ロマ(ジプシー)と連帯する組織を設立し、この4月8日に「世界ロマ・バンジャーラーの日」を祝ったという内容の記事を見つけた。
    その組織とは「国際ロマ・バンジャーラー財団」(International Roma Banjara Organization)という、世界中に広がるロマのコミュニティーとバンジャーラーの歴史的な関係性と今日の諸問題を調査研究し、地位向上のための活動をおこなう公益財団である。ヨーロッパのロマとバンジャーラーが歴史的、文化的にインドに起源を持つことは、言語学的あるいは遺伝学的な観点から多くの証拠が得られるようになっている。そして、今日ヨーロッパの各地に見られるロマの諸集団にはドム、バンジャーラー、チョーハン、グッジャル、スィクリガル、ダンガル、サンスィなどの北西インドのさまざまな職能集団の子孫が含まれると言われている。財団の目的は主に次の三つ。
    二つのコミュニティーの歴史と文化的つながりを調査し、人権擁護手段の研究をおこない、社会参加のために連帯する
    教育機会の増大、道徳的価値観、文学、科学、芸術、教育そして文化をコミュニティーに浸透させる活動をおこなう
    二つのコミュニティーの経済状況の調査と情報交換をおこない、人材交流を図る
    これらの目標の達成のために、各分野の専門家を起用し、また諮問機関による助言を受け入れるなど透明性を確保しながら社会監視のもとで活動をおこなうとしている。
    今年の4月8日の祝賀行事は、カルナータカ州の州都バンガロール(現地名ベンガルール)で行われた。バンガロールは多くのIT企業が集まることから「インドのシリコンバレー」として知られ、近年のインドの経済発展を支える中心地の一つでもある。この財団の設立の背景にはバンガロールの町が象徴するようにインド社会の各層に経済的な余裕が生まれているという事情もあるだろう。ヨーロッパ諸国が共通に抱えるロマの主流社会への参加の問題を、行政的な立場や第三者による人道的配慮ではなく、自らとルーツを同じくする同胞集団としての絆によって、しかも遠く離れたインドから支援しようとする、このバンジャーラーの人々の動きはロマ(ジプシー)の起源を考える上でも注目に値する。
    (市橋雄二/2018.6.4)