舞台は1950年台半ば。イングランドの田舎の小村、渓谷の森と湖を持つ貴族の屋敷で起きる二つの死。携帯電話、コンピューター、インターネットやDNAという最先端の科学技術が一切存在しない時代の殺人事件を精緻な推論によりながら解決に導く鮮やかな物語の運び。
その上に作品の構造に施された仕掛けが凄い。
ひとつは、名探偵アティカス・ビュントを中心としたパート、これは作中の小説家アラン・コンウェイによる「カササギ殺人事件」という謎解きミステリーの形式をとっている。もうひとつは『アティカス・ビュント』シリーズを担当する編集者で、語り手の女性が小説家アラン・コンウェイを中心とした出版界、メディア界、さらに友人知人などが織りなす人間関係から生じる衝撃的な事件の謎を追う部分だ。こうした入れ子式構成のミステリーが相互に関連しながら、物語が展開するという驚きの構造なのだ。
登場するすべての人々が愛おしいほどリアリティーがあり、イングランドの自然の中の営みが目に映るような描写力も清々しい。謎解きでありながら、人間の弱さと悲しさが通奏低音のように流れている、ミステリーの傑作であり、ミステリーの枠を超えた小説だろう。
山田蘭の訳が素晴らしい。創元推理文庫。